火曜日, 9月 05, 2006

下駄に関する妄想

週末、寝ている時になぜか下駄の履き心地を思い出した。
踵の方の歯が着地してから、ぐいっと重心が前に行って
前の歯がカコン、と着地するあの感覚。

踵で着地するだけで体を前に運んでくれるあの感覚を
靴に応用したらどうなるのだろう?下駄よりも足をきちんと
包んでいる靴ならもっとスムーズな体重移動が行われて
歩きやすくなったりするのだろうか?なぜかそんなことを
考えていたら、そんなような気も、そんなことない気も
してきた。

そうしていると今度は、下駄の歯はなんのために高くなって
いるのだろう?ということが気になりだした。

草履と違ってソールが硬い板でしならないから、ああやって
歯で底面をカーブ状にしないと、歩きにくくて仕方ないの
だろうか?

下駄の検索をしていたら、牛若丸は一本歯の下駄を履いて
いたらしいことを知る。歯が一本しかないのでは、上記の
仮説は全く成り立たない。

そうやって下駄の由来を調べてみたところ、下駄は未舗装の
道路が雨が降ってどろどろになっても歩けるように、と作られた
ものらしい。で、一本歯の下駄は登山などの傾斜地用とのこと。

確かに草履では泥に張り付いてしまうし、無理に足を抜くと
泥を跳ね上げてしまうが、下駄ではそれはなさそうだ。
なるほど。

結局歩きやすさとは全く無縁だったわけで、下駄の本来の
目的にかなう靴だったら、スパイクが既にあるから、歯の
ついた靴なんぞ作っても意味がない。

ところで、一本歯の下駄は平地で履くと、ひどくバランスを
取るのが難しく、それが平行感覚のトレーニングに良い、と
書いているWebページがあった。では、一本歯のついた
靴を作ったら、それはトレーニングによいだろうか?

うむむむむむ。