木曜日, 6月 22, 2006

スポーツの興行

私は先日のクロアチア戦は見たものの、基本的にサッカーの選手には思い入れがない。だからこそ余計に思うのかもしれないが、ワールドカップ進出決定時と現在の日本代表に対する評価がこれだけ違うということが不思議でならない。

進出を決めたときは地区1位だった(の?)せいか、順風満帆という感じだったし、代表発表も人選に「?」が付いている感じはあったものの、基本的にはメディアは「選ばれし者達」と英雄扱いだったように思う。

が、本番でああなった途端、僅か数人を除いてはてんで駄目、そもそも若手育成を怠ったツケが・・・みたいなことまで言う人がいる。

私は天邪鬼なので、そんなことよりジーコが試合後の会見でぼやいていた「テレビの放映時間を日本のちょうどよい時間にする要請のために、こんな暑い時間の試合になった」というのがどれくらいインパクトがある話だったのか?他の国では母国の放映時間をどうしているのか?とかそういうことが気になる。

トリノ五輪も選手は「選ばれし者達」というような扱い方だったが、結果は散々だった。マスコミがストーリーを綺麗に組み立てようとするスポーツ大会の戦績は芳しくない結果に終わっているという印象が今回のワールドカップでより一層強まった。

では、なぜマスコミ報道が過熱するとダメになるのか?

  1. 過度の期待がプレッシャーになり、選手が萎縮する。
  2. 取材などで練習の時間が阻害される。
  3. 出場が決定して名が売れた時点で、選手にCM依頼が増えたり、引退後のキャスター転向などの道が開けるため、現役生活に対するハングリーさが失われる。
  4. メディアに頭の上がらないスポーツ協会からの頭ごなしの指令が来て、選手のモチベーションが失われる。

上の方が一般的に言われそうな綺麗ごと。下は恣意的にダークな方向性で行ってみた勝手な想像。ワールドカップの大量のチケット余りなどを見ても、運営の裏に歪んだ利権構造があるのではないかと思うのだが、オーガナイザー、スポンサー、広告代理店、スポーツ協会、選手の間には実際どんなドラマがあるのだろう。