土曜日, 10月 22, 2005

シュウカツ的伝聞の真髄の理解に必要なもの

学生時代に私が耳にしたがピンとこなかった「会社人の出世の法則」一つに「体力がある方がよい」というのがある。当時私が考えられた仕事で残る時間の上限は「終電」でしかなかった(笑)から、普通の業務時間内で使う体力など個人差が出ようもない程度しか使わないではないか、と理解ができなかった。

そこへ伝聞で「体育会は就職に有利」という情報が組み合わされると、「競技者並みの体力までが要求されるというのか!」とますます混迷の度合いが深まり、就職活動で相手をしている会社という組織の価値観の得体のしれなさにおののいたりした。

今思うとそれらの情報が表していることは「なるほどね」と思うものが多いのだが、学生の時に聞いた時に受ける印象と今の印象は全然違うし、当時どう考えてもそういう考えには辿り着けなかったように感じる。今にして思うと、体力が必要といわれるのは(1)年に何回かしかないが非常に締め切りがタイトな重要な仕事をこなせるかどうかに差が出る、(2)会社生活を送りつつ、個人の興味を探求したり、社外の人的にネットワークを構築しようとするとどうしても睡眠時間を削ることになるので、体力がないと通常の勤務時間中の労働効率が落ちる、(3)残業代をいとわずたくさん働ける人の方が純粋に仕事の生産量が多いから会社からみると賃金あたりの生産性が高く見える、ということの裏返しだと思うのだが、「体力がある方がよい」と言っている人の中にそういったことを説明してくれる人はいなかった。

今も学生さんは面接本などを一所懸命読んでいるようだが、彼らの「会社が求めるもの」の理解と今の私達の世代の理解のギャップというのは、そういった説明さえあれば埋められないものだろうかといつも思う。

私は同じ物事について、「そうだったんだ!それを早く言ってくれれば一発で分かったし、見方がだいぶ変わったのに!」というティップを与えるのはマーケティングの仕事だと思うのだが、考えてみると学生さんにそういった価値を伝えるマーケティングをすべき人って誰なのだろう?学生を獲得しようとしている企業ではないだろうし、対学生の就職コンサルタント?(いやいやそんな金にならなそうなコンサルタントなどいないだろう)、それよりは本当は大学の就職部なのかも。

と、とりとめもなくそんなことを考えたのは、徹夜明けで1日働いて床について起きたら夕方の5時で休日の一日をロスしたにもかかわらず、まだ普通に眠いということで体力のなさを再認識したからである。