水曜日, 8月 24, 2005

時間をお金で買うということ

大学生の頃の私は毎朝7時に起きて大学かバイトかのどちらかで夜7時まで過ごした後、帰り道の本屋で車の雑誌を買い、帰りの電車で読みふけり、夕飯を食べたら車で友達の家に出かけて午前2時ごろまで都内をドライブするのが日常だった。

下手をすると土日もバイトをしていたため、あまりボーっとして過ごす時間はなかったように思う。そんな感じだったので、私は常に睡眠不足だったし、あまり自由になる時間があるという意識がなかった。

なのに当時の私は絶対に首都高速なんか利用しなかったし、有料パーキングに停めるくらいなら、いくら歩くことになろうとも駐禁を切られるリスクのない、遠い所に車を停めたりしていた。

このような傾向は社会人になってからも続き、日曜日の夜は日曜映画劇場を見ながら一週間分のアイロンがけをするのが私のお決まりだった。そんな体験を通じて節制を行う心がけというものは育成できた気がするが、代わりに何かいろいろロスした気もする。

同じく大学生の頃にバイトの鬼と化していた弟と社会人になってからよく話すのだが、「あの頃、100万円近いお金を貯めたりして悦にいってたりしたけど、社会人になってからその100万円が特に必要になることもなかった。あの100万円分を貯めるのに使った時間を何かに注ぎ込んでいたらどんな体験ができたろう?」。

そんなことを考えるようになってから、自分の自給と時間当たりのサービスの対価を比べて、安ければ躊躇無くサービスを利用するようになった。

こんなことをぐだぐだ書いているのはだ、つまり「今度の引越ではおまかせパックを使えいたいなー」ということなのだ。人生は短い。うんうん。