土曜日, 2月 26, 2005

ほりえもん騒動

スポーツ新聞の見出しにまでなるようになった今回の騒動。私は今回の騒動について書かれたBlogを読むのが好きなのだが、好き嫌いはどうあれ、社会にとっては意義のある騒動?だと思う。理由は下記の通り。

TOB、企業買収についての世間一般の関心が高くなった(理解てきているかどうかは別として)。
質の高い解説が多くて、勉強になります。ハイ。個人以外の投資家の立場の人は堀江氏支持が多いように感じるが、彼らが世間の感情とは全く別のモノサシで動いていることがよく分かる。

「株主重視」という言葉に人々が何を期待しているのか浮き彫りになって面白い
ボラティリティさえ高ければ、株価がどちらに動こうが儲けられるのではないかと思ってしまうのだが、たまたま逆のポジションを取ってしまった投資家が株主の利益という大義名分を持ち出して吠えているように思えてならない。株の売買で儲けようとしている人が株主重視と言っても何か空々しい感じがする。それこそ堀江氏のようなドライな言い方で「いいじゃないですか、株価なんてどっちに動いたって。希薄化が株主の利益に反するとなんて騒いでるより、空売りして儲ければいいじゃないですか。」という人が意外といないのが不思議。

インターネットvsマスコミを考える
堀江氏はインタビューでは美人投票のようなマスコミを作ることを想定しているみたいだが、単なる美人投票のような新聞がを作っても、市民記者の過剰な自己顕示欲によってTVバラエティのやらせ問題のようなことになるだけのような気がする。情報の質が2ちゃんレベルで一方向にしか流れないとしたら、良くて東スポにしかなれないと思うのは私だけだろうか。

ところで、堀江氏はマスコミを旧勢力と切って捨てているものの、そのマスコミが騒動を報道することでさまざまな問題を人々に問い掛けているのが皮肉だ。

余談だが、前出のインタビューで記者が書いている「報道の意義」というものには私も賛同しない。戦争の真っ最中に「イラクで何が起きているか?」を報じるために現地に赴くとか、そういう行動に人を突き動かしているのは、まず「自分が知りたい」という好奇心のはずだ。それを大衆の知る権利を満たすための使命とすりかえてしまうと話がおかしくなると思う。

道徳について考える機会になった
「金のためなら、いけないと明確に規定されて限りなんでもあり」という世界が到来したらどうなるか、というビジョンを社会に示してくれた意義は大きい(笑)。