日曜日, 8月 29, 2004

直感的=相対的

映画「マイノリティ・レポート」の中ではPCの操作は、手の動きをセンサーで読み取って行われている。あたかもリアルの机の上で紙の書類を扱うかのようにウィンドウを操作・移動することでオシゴトを行うのだが、その操作系が実現したとしたら果たして使い易いだろうか?

確かにマウスなどに比べれば直感的に見えるが、「ウィンドウを最小化するときは」「ウィンドウを閉じる時は」といった、リアルの世界にない操作を覚えなければいけないので、恐らくマニュアルを読まないと使えない代物になってしまいそうな気がする。

BMWは数年前から従来ダッシュボード上にスイッチがついている機器を直感的な操作で一元コントロールできる、というふれこみでiDriveというマウスのようなもの?を装備しているが、オーナーによると、操作がちっとも直感的ではなくて操作が覚えられないし、そもそも運転中に操作すると携帯をいじる以上に気を取られてあぶない、というシロモノらしい。

かように、「指先でチョチョチョイと指示したらそのとおりに機器が動く」という指揮系統がマニュアルなしでも直感的に使えるという考えは幻想なのかもしれない。

ちょっと前に認知心理学(?)のエライ人の講演を聞く機会があったのだが、質疑応答の時に電機メーカーのエンジニアが「直感的に操作できる優れたインターフェースを作るための秘訣は?」という質問をした。それに対する回答は非常に印象的だった。「私は操作インターフェースについて語る時に直感的という表現を使うのは嫌いです。直感的なインターフェースなら赤ちゃんでも使えるという表現を耳にしますが、赤ん坊というのは非常に多くのトライアンドエラーを行っています。例えば鉛筆はその目的を達成するためのインターフェースは実に単純明快ですが、それを道具としてちゃんと使いこなせるようになるまでに私達は一体何年かかったでしょうか?」

要は直感的であると感じられる操作系は、既知の操作系と共通性を持っているから直感的と感じられるだけ、ということなのかも。Webのインターフェースに関する「使いやすさ」の議論が腹立たしいくらいにまとまらないことが多いのは、直感的に行うサイト上の操作のバックボーンとなっている操作体系がきっと人ごとにバラバラ(ある人はオーディオ、ある人は車のセンターパネル、ある人はリモコン)だからということなのかもしれない。